ロシアの民族
バルカル人はカフカースに暮らすテュルク系民族。カフカース戦争の前半期にロシアの支配下に入ったものの、ソ連時代に強制移住も経験しました。そんなバルカル人をご紹介します。
北極圏の少数民族ネネツ人。現在もトナカイの放牧を行う伝統的な暮らしを守る人たちがいます。そんなネネツ人の歴史や伝統的な暮らしに迫りました。
カフカースの民族の中では比較的早くにロシアに恭順したイングーシ人。しかし、強制移住や戦争の憂き目にも遭いました。そんなイングーシ人の歴史や文化をご紹介します。
カラチャイ人は北カフカースに暮らすテュルク系民族。「ヨズデン・アジェット」という伝統的な法典が現代にまで伝わっています。そんなカラチャイ人をご紹介します。
ロシアの仏教徒民族ブリヤート人。モンゴル系の遊牧民族で、17世紀にロシアに征服されました。チベット仏教を信仰しており、仏教に関連した伝統も残っています。そんなブリヤート人の歴史や文化をお伝えします!
独特な文字が現在まで伝わるコミ人。ロシア人とは古くから関わりがあり、15世紀にロシアの支配下に入りました。2014年現在もコミ語教育が行われ、コミ人の文化を保とうとする動きが盛んです。
アヴァール人はロシアの侵略に最後まで抵抗した民族の1つ。カフカース戦争で反露軍事国家イマーム国を率いたシャミールもアヴァール人です。そんなアヴァール人の歴史や文化に迫ります。
トゥバ人がロシアの支配下に入ったのは1914年。それまでは中国の民族でした。トゥバ人自らロシア皇帝に要望しロシアの支配下に入りました。そんなトゥバ人の歴史や文化に迫ります。
ウドムルト人は15世紀~16世紀にかけてロシアの支配下に入りました。その後は反乱無く平和にロシア人と共存してきました。そんなウドムルト人の歴史や文化をご紹介します。
近年まで独立の意志を捨てなかったチェチェン人。その歴史はロシアとの戦争やソ連による強制移住など過酷なものです。そんなチェチェン人の歴史や現状に迫りました。
ナナイ人はロシアと中国の国境、アムール川流域に暮らす民族。中国では「赫哲(ホジェン)族」と呼ばれています。ナナイ人の歴史や伝統的な暮らしに迫りました。
モクシャ族とエルジャ族という言語が異なる2つの民族から構成されているモルドヴィン人(モルドヴィア人)。モルドヴィン人(モルドヴィア人)を構成する2つの民族の違いや歴史に迫りました。
ノガイ人はロシアの支配下に入った後、ロシアに振り回されるような歴史を送ってきました。カフカースでは珍しい東洋系の見た目をした元遊牧民族ノガイ人に迫りました。
カフカース地方の民族オセット人(オセチア人)。近年ではグルジアとの紛争で話題になりました。実は大相撲に力士も輩出しています。そんなオセット人の歴史や文化をご紹介します。
バシキール人はかつてモンゴル帝国相手にも勇敢に戦った民族。そして現在、ロシアで4番目に人口が多い民族です。そんなバシキール人の歴史や文化に迫りました。
「アルタイ人」という民族が1つにまとまったのは実は19~20世紀にかけてのこと。それまでは南北でやや異なる2つの民族でした。そんなアルタイ人を歴史を中心に紹介します。
かつて−71.2度を記録した村があるサハ共和国。その極寒の地で暮らす民族がサハ人(ヤクート人)です。17世紀に抵抗むなしくロシアの支配下に入りました。そんなサハ人(ヤクート人)の歴史や文化に迫りました。
ロシア正教を信じるテュルク系民族、チュヴァシ人。チュヴァシ共和国の基幹民族で、その人口は100万人を超えます。そんなチュヴァシ人の歴史や文化に迫りました。
1817年、ロシアはカフカースの完全掌握を目指し大戦争を開始。その戦争で最後まで抵抗したのがアディゲ人・チェルケス人でした。今回はそんなアディゲ人・チェルケス人の歴史や文化をご紹介します。
カレリア人はロシア・スウェーデン・フィンランドの3国に翻弄される歴史を歩んできました。3国に翻弄されつつも独自の文化を守ってきたカレリア人。彼らの歴史や文化について紹介します。
かつて、その居住域の広大さと人口の少なさから「どこにでもいるが、どこにもいない」と称された少数民族、エヴェンキ人。エヴェンキ人の歴史や文化に迫りました。
中国古代史に登場する民族”堅昆”の末裔ではないかと考えれている民族、ハカス人。16世紀にロシアの支配下に入りました。ハカス人の歴史や文化をまとめました。
現在でも伝統的な宗教の信仰を守る人が多いマリ人。「ヨーロッパ最後の異教徒」とも呼ばれています。そんなマリ人の歴史や文化に迫りました。
16~17世紀、現在の中国北西部に住んでいたカルムイク人は、はるばる西ロシアのヴォルガ川河畔に移住しました。そんなカルムイク人の歴史に迫りました。
ロシアに暮らす様々な民族を紹介する新連載《ロシアの民族》を近々始めます。