比較的に早い段階でロシアの支配下に入り、比較的平和に共存してきた民族「ウドムルト人」の歴史や文化を紹介します!
ウドムルト人(Удмурты)
ウドムルト人はロシア中西部、ウドムルト共和国の基幹民族。
ロシアでの総人口は552,299人。そのうち74%の410,584人がウドムルト共和国に暮らしており、タタールスタン共和国に23,454人、バシコルトスタン共和国に21,477人が暮らすなど、ウドムルト共和国の周辺地域にも多くのウドムルト人が暮らしています。(2010年の統計より)
フィン・ウゴル系の民族。宗教はロシア正教ですが、田舎では伝統宗教の要素も残っているようです。
形質的にはコーカソイド(白人)ですが、モンゴロイド(黄色人種)の遺伝子も多少混じっているそうです。
ウドムルト人の歴史
ウドムルト人の民族の歴史は古く、紀元前1世紀にはすでに民族としての原型が成立していたと考えられています。ただ、単独の国を持つことはなかったようです。
7世紀以降ヴォルガ・ブルガールの支配下に入り、13世紀にモンゴル帝国支配下に入ります。
その後、ウドムルト人が暮らしていた地域の内、北部はニジニ・ノヴゴロド公国の支配下に入り、その後1489年にモスクワ大公国(のちのロシア)の支配下となります。
南部はモンゴル帝国後継のジョチ・ウルスの支配下になったのち、カザン・ハン国の支配下に入ります。
1552年にカザン・ハン国がロシアによって滅ぼされると、南部のウドムルト人もロシアの支配下に入りました。(正式には1558年にロシアの支配下になったことになっています。)
ここから他の民族の場合は、お隣のバシキール人などのように「ロシアに対する反乱が勃発し・・・」という話に行くのですが、調べた限りではウドムルト人はかなり平和的にロシアと共存していたようです。(プガチョフの農民反乱(1773-1775)に参加した人々はいたそうですが、これは民族的な反乱とは意味合いが異なります。)
ウドムルト人は、ロシア人から新しい道具を使った農業や農法、新しい牛の牧畜方法や新しい作物の栽培などを学び導入しました。ロシアの支配下で織物の文化も発達したといわれています。
1731年にロシア政府によってロシア正教に改宗。
1775年にロシア人の言語学者によってウドムルト語の正書法が確立。
18世紀には製鉄産業が発達し、後に銃器の製造で名を馳せるようになります。
19世紀にはさらに工業が発展。鉄道も開通。
その後ソ連の支配下に入り自治権を獲得。現在に至ります。
ウドムルト人小話
ウドムルト人の文化で特に有名なものは音楽です。
ウドムルト人は昔から狩りの時や農作業の時、結婚式や季節の変わり目…など、ありとあらゆるものに歌をささげ表現していました。
現代でも音楽は盛んで、子供たちが学校のベンチで楽譜の勉強をしていたり、合唱団で歌ったり、舞踏会に参加したりするなど、教育の面でも普及しているそうです。
1時間半の長い動画ですが、ウドムルト人の音楽ベスト30がまとめられた動画を見つけました。東洋のものにも西洋の物にも似ていてなんだか不思議な音楽ばかりです。
以上、ウドムルト人についての紹介でした。
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