むかいひろきのロシア・ブリヤート共和国情報局

ロシアやブリヤートに関する情報、駆け出しの日本語教師として感じたことを発信します。ブリヤート共和国で日本語教師として2018年8月~2020年7月まで働いていた日本人大学院生のブログです。

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【ロシアの民族⑲】コミ人

ロシア北部の独特な文字を持った民族、コミ人を紹介します!

 

コミ人(Коми)

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コミ人はロシア連邦北西部、コミ共和国の基幹民族。

ロシアでの総人口は228,235人。そのうち約89%の202,348人がコミ共和国に暮らしています。(2010年の統計より)

 

フィン・ウゴル系の民族で、宗教はロシア正教。一部で伝統宗教も残っているそうです。

形質的にはコーカソイド(白人)の遺伝子がメインですが、モンゴロイド(黄色人種)の遺伝子も混じります。写真を見る限りではやや東洋系の顔立ちの人も見受けられますね。

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赤がコミ共和国。日本よりも大きいです。

By File:Map of Russia - Komi.svg: Stasyan117derivative work: Seryo93 - This file was derived from:  Map of Russia - Komi.svg:, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=63481719

 

コミ人は以前このブログでも紹介したマリ人ウドムルト人モルドヴィン人と共通の祖先をもっており、6~7世紀ごろまでに民族が分かれてコミ人が誕生したようです。

 

 7世紀以降ヴォルガ・ブルガールと隣接することになります。ただウドムルト人などとは異なり、より北方に暮らしていたコミ人はその支配下には入りませんでした。

 

11世紀に入るとロシア人の影響力が強まり、ロシア人が建てたノヴゴロド共和国の影響下に入ります。

その後、14世紀にコミ人は、統一国家大ペルミ公国を建国。この時期から徐々にロシア正教がコミ人に浸透します。

大ペルミ公国はロシア人のノヴゴロド共和国やモスクワ大公国(のちのロシア)と戦うことになりましたが、しばらくは独立を保ちました。

 

大ペルミ公国は15世紀以降はモスクワ大公国との関係が良くなり、その属国になります。結局1505年にモスクワ大公国に吸収されました。

ロシアの支配下に入った後も、コミ人は民族の居住範囲を徐々に拡大していきました。

 

そしてその後もロシアの支配下から抜けることはなく、ソ連時代を経て現在までに至ります。

 

 

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14世紀ごろのコミ語のアルファベット

コミ語は現代にも伝わっており、2011年以降、コミ共和国ではコミ語を小学1年生から学校で学ぶことが義務化されました。

2014年現在で97%の学校でコミ語教育が行われており、コミ人以外の子どももコミ語を勉強します。

14世紀にコミ語のアルファベットが確立し、17世紀まで使用されていました。17世紀以降はロシア文字での表記に移行しましたが、現在まで民族の言葉が伝えられているのは、とても良いことですね。


コミ人には多くの民間伝承が残っています。

また、詩や音楽も昔から受け継がれており盛んです。そしてその音楽には特徴があり、どんな曲にもポジティブな意味が必ず入っているそうです。

www.youtube.com

 

 

以上、コミ人の紹介でした!

過去に扱った民族はこちらから!

www.hiroki-ru.work