今回はカムチャッカの少数民族、コリャーク人を紹介します。
コリャーク人(Коряки)
コリャーク人はロシア極東・カムチャッカ地方を中心に暮らす少数民族。
ロシアでの総人口は7,953人。そのうち約83%の人が6,640人がカムチャッカ地方に暮らしています。(2010年の統計より)
チュクチ・カムチャッカ系の民族で、宗教はロシア正教と伝統主教。近年はロシア正教を信仰する人の方が多いようです。
内陸部でトナカイの放牧を主な生業として暮らしていたグループと、沿岸で漁業を中心に暮らしていたグループの大きく分けて2つがありました。
コリャーク人の歴史
コリャーク人の古代の祖先は約1万5千年前に東シベリアからカムチャッカ方面に移住してきたと考えられています。さらにその中の一部がアメリカ大陸に渡り、インディアンの祖先になったとも考えられています。
古代から狩猟が得意な民族であったそうです。古代から弓矢の達者な使い手だったとか。
コリャーク人への初めての言及がロシアの文献で確認されるのは17世紀。このころのコリャーク人はトナカイの放牧を主な生業として暮らしていました。
18世紀に入ると西からロシアが侵略してきます。コリャーク人は善戦しロシアを何度も撃退します。またこのロシアの侵略の最中や前後に、チュクチ人などの周辺民族とも戦争を行いました。
しかし、ロシアのコサックが持ち込んだ天然痘がコリャーク人の間で流行し、1700年ごろに1万~1万1千人いた人口は、1800年ごろには約4,800人に減少していました。
19世紀の半ば頃、コリャーク人はついに侵略を続けるロシアに押し込まれ、その支配下に入ります。トナカイの毛皮を税として納めていたようです。
20世紀のソ連時代に入ると、コリャーク人の伝統的な暮らしは迫害されて行きます。私有地やトナカイの個人所有が禁じられ、ロシア人入植者との集団農場が形成されました。また、この時期にはシャーマンも迫害されました。
ロシア人との同化もソ連時代に進んでしまいました。
ソ連崩壊後、ロシア政府はコリャーク人の言語や文化を守るための政策を行うようになり、現在に至ります。
コリャーク人小話
かつて、トナカイの放牧を生業としていたグループのコリャーク人は、飼育している約400~2000頭のトナカイの群れと季節ごとに移動をしながら暮らしていました。
春は雌の分娩の時期であるため豊かな牧草地へ、夏は虫の少ない場所へ、秋は屠殺の時期であるため川沿いの野営地へ、冬は秋の野営地からやや離れた所へ…
といった感じで移動していたそうです。
漁業を生業としていたグループは、移動はせず海岸沿いに定住し、海生哺乳類を狩猟したり魚をとったりして暮らしていました。
コリャーク人の伝統的な家はヤランガといわれるドーム状の住居。
外側をトナカイの毛皮で多い、中には囲炉裏が置かれ、厳しいカムチャッカの冬でもかなり暖かかったそうです。
現在、こういった昔ながらの暮らしをしている人は少ないですが、コリャーク人の文化の保全のため、学校でコリャーク語が教えられたり、伝統文化を伝えるためのサークルが結成されたりしているそうです。コリャーク人の文化がこれからも後世に伝えられていくといいですね。
以上、コリャーク人の紹介でした!
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